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​絵葉書の場所

劇団大樹 主宰/製作総指揮 川野誠一

み群杏子さんの作品を上演するのも、今作で8本目となります。彼女の作品に惚れ込み、劇団10周年記念として上演した「ポプコーンの降る町」から早12年、もうお互いに「長い付き合いですね」と言える距離感になりました。実は、経済的な事情もあり、劇団大樹の公演は前回でピリオドを打つつもりでいたのですが、有り難いことに、作家であるみ群杏子さんから共同プロデュースのお話を持ちかけられ、またこうやって製作に動き始めています。

 

み群杏子さんのポエティックで大人のメルヘンとも言える作品を「演劇」として立ち上げる時、一番、僕がこだわっているのは、物語より世界を立ち上げていくことです。み群杏子さんは、言葉と印象の作家だと僕は思っています。そして、登場人物たちが喋る言葉には、言葉そのものの意味よりも、その言葉がもつ響きであったり形であったりが、印象の姿で、絵のように物語に張り付いているように感じるのです。それは写実的な絵ではなく、印象派のような儚く薄いタッチで、時間と空間を飛び越え、人生の翳りと光を描写しているかのようです。ですので、彼女の物語を「物語」として立ち上げてしまうことは、僕にとって非常につまらない作業なのです。

 

劇団大樹のコンセプトは「物語より世界を」。それは演劇に絵画性を持ち込むと言ってもいいかも知れません。舞台というキャンバスにみ群杏子の世界を描くこと。額縁の中の絵の世界が、限りある空間に無限の想像を与えてくれるように、み群さんの描く人物たちの言葉に魔法を与えるには「額縁」が必要なのです。それが花と生演奏で彩るみ群杏子の世界です。劇団大樹では、電気音は一切使いません、音楽も効果音も全て生演奏で行います。また、草月流華道家・横井紅炎さんの全面的な協力を得て、舞台空間に花美術をあしらいます。額縁から飛び出す植物の曲線は、夢と現の橋渡しをしてくれるかのようです。

 

上演作品の「絵葉書の場所」は、み群さんの初期の作品となります。現在、み群さんが大樹版へと改稿して下さっています。物語の舞台はカフェ・ブランシュ。店主の光介のもとに若い娘が訪ねて来る。ウェートレス募集しているんでしょ、私、働いてあげてもいいよ・・記憶と印象の中のような喫茶店で、時間と空間を行き来し、絡まった糸がほぐれ、正しい時間が動き出す。そんなお話です。ブランシュとは、フランス語で「白い」という意味。白いものは影を色濃く投影します。今プランしている舞台のイメージは、森の中の喫茶店です。マストのような白い帆布と花美術を組み合わせた抽象的な空間に、喫茶店を置き、光と影を効果的に使った世界を立ち上げたいと考えています。

 

み群さんは「思い出の一番の保存方法は物語にしてしまうことだ」とおっしゃいます。その言葉を聞くたびに、なんて素敵な過去との関わり方なのだろうと僕は思うのです。過去との関わり方は、み群作品の主題です。孤独で傷つきやすい人たちを優しく見つめる、み群杏子さんの眼差し。その眼差しのひとつひとつに自身を投影した光や影があるのだろうかと思うと・・柔らかい月の光すら痛みを伴い、差し込んで来るような気がします。僕はそんな感覚を舞台に立ち上げたいと思っています。

 

 

                                    

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