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「ポプコーンの降る街、再び」

星みずく:み群杏子

2005年から「ねむたいむ」というブログを書いている。最近はさぼりがちだが、日記をつけない私の唯一の記録にもなっている。その年の12月28日の記事に大樹さんの「ポプコーンの降る街」を観に行った記録がある。以下、一部引用させていただく。

「ポプコーンの降る街に行ってきた。場所は東京の、とある場所にある、とある小さなスタジオだ。…舞台の上に出現した街。街のなかの古ぼけたビル。路地裏。ビルの一室。かつて私が作り出した風景がそこにある。人物がそこにいる。私が限られた時間のなかでだけ出会える、なつかしい街と人だ。…そうやって出現する特別の空間で、私は自分が書いた作品の場所や人たちに再会する。それは作家だけの特権だ。舞台の上に出現する街は、現実の記憶のなかにある、かつて愛した場所や、もう会えない好きだった人々をも思い出させてくれる。いとしくて、せつない気持ちになる。」


舞台作品を書いていると、いろんな所で作品を上演していただく。最近は旅行を兼ねて公演を観に行くのが楽しみになっているが、この時の大樹さんの公演が、遠方でも観に行きたいと思った最初の公演だった。公演前のやりとりでも、劇団大樹の川野さんは真摯で熱心だった。そしてこの時からずっと、20年近く、私の作品を上演してくださっている。川野さん個人との付き合いもこの時からずっと続いている。昨年の私の京都での朗読公演にも出演していただいた。川野さんがいなければ東京は私にとって縁のない場所だった。そして川野さんの行動力が、新しいことに向かう力にもなってくれている。そのきっかけとなった作品を、今回、演出も新たに再演していただくことになった。本当にうれしい。


「ポプコーンの降る街」は、私が書いた作品の中でも特に思い入れの深い作品のひとつだ。いろんな所で上演していただいている。今回、川野さんが演じてくださる野放風太郎も20年前の時とはまた違う愛しさを持って私の中に存在していくことだろう。

 

舞台作品を書いていてよかったとつくづく思うこの頃なのだ。

子供の頃から詩や童話を書いていたが、1991年、戯曲 「恋心のアドレス」 が、文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作を受賞し “劇作家” として活動を開始する。1992年にも 「ポプコーンの降る街」 が同賞を連続受賞。その後、Kiss-FM 「Story for Two」 のレギュラー執筆を担当。言葉のニュアンスを大切にしたポエティックな作風が特徴。生の悲しみおかしみを根底に持つ独特の作品世界を展開。2002年には、初の戯曲集 「微熱の箱」 が出版される。現在、自作をプロデュースするリーディングユニット 「星みずく」 を主宰。現在は劇団大樹の共同プロデューサーでもある。

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